周防監督が言うとおり
「痴漢犯罪の冤罪」ではなく
「日本の刑事裁判制度の問題点」が
テーマとして描かれた
濃密な映画だった。
では「日本の刑事裁判制度の問題点」とは
何か。
主人公(被告役) 加瀬亮の台詞に
それは象徴的に表されていた。
「裁判とは真実を追究する場ではなく
状況証拠や目撃証言をもとに
有罪か無罪かを結審する場である」
(筆者による意訳)
つまり 裁判における「真実」は
被告人にしか知り得ないという事であり
判決が「有罪」か「無罪」かという判断は
100%「真実」を語りうるものではない
という訳だ。
このことをさらに拡大解釈すればこうなる。
日本は法治国家であり
法の下の平等が保障されている。
そして国民は その法というルールを基に
日々暮らしている。
その法治国家 日本において
争いごとや犯罪は法を司る司法が判断を下す。
だが司法があくまで法の下に平等であるという
厳密なルールに従い意思決定を行う為には
状況証拠や目撃証言という
「客観的」な判断材料ももってしか
人を裁く事が出来ない。
そしてこの事は
司法判断にわずかばかり誤審の可能性を残す
余地があるという欠陥を否定し得ない。
映画で描かれていた「冤罪」のみならず
逆に疑わしき人が
証拠不十分で不起訴になる場合にも
同様の事が言える。
法の下に平等である事と
「真実」は必ずしも一致しないというジレンマが
この映画では緻密かつ克明に描かれている。
判決のシーンで息を飲んだ。
最後まで「有罪」か「無罪」かわからない展開に
緊張しながら
じっとスクリーンを見つめ続けた。