2012年5月23日水曜日
「ル・アーヴルの靴みがき」
赦しというものが憎しみを前提とするならば、そもそも憎しんでなんていなかったのでは?
という寓話を観ているようだった。
第二次世界大戦終焉の地でもあるフランス・ノルマンディーが舞台。
大戦が終わって訪れたのは平和ではなく冷戦という名の東西対立であり
冷戦崩壊後に直面するのは国家と民族の間で揺れ動く紛争であったというのが歴史認識だとすれば、
この映画で描かれているル・アーヴルにおいては、フランスもドイツもイギリスもインドもベトナムも中国も日本もいがみ合ってはいない。
(フランスが舞台で主人公の妻を病床で寝かしつけるために読まれたのがカフカ!)
いがみ合わないどころか、警察が捜査に来ても犬がシッポを横に振って出迎え、
本来ならば緊迫した場面に心拍数を上げるような音楽を流すようなシーンにおいてもアコーディオンのミュゼットが緩やかに奏でられるくらい、
みな、優しくて、のどかだ。
主人公である靴みがきの名は「マルクス」。
仕事帰りにパンを万引きしても女店主に”つけ”で済まされてしまう。
別の日には山のようなパンを施されたり、隣の店からもあれこれタダでもらえたり・・・
かと思えば、”つけ”があるはずのそのパン屋に頼みごとをするときには引き出しの中からお金を出して渡したり・・・
一見意味がわからない。
それはあたかも、「マルクス」が「搾取」ではなく「贈与」の世界に生きていたならば?という喩えのようにも思える。
また、アフリカからの難民に自由を与える「赤」は『資本論』ではなく「赤十字」の制服や『民法』の書の色であり、
「青」が労働者の証であるジーンズの色という点を踏まえ自由の象徴としてあしらわれているように見えなくもない。
(もちろん、「赤」や「青」は素直にとればフランスのトリコロール。
ゴダール好きのアキ・カウリスマキ監督ということを考えれば「中国女」と無関係ではないのかも知れない。
また、「黄色」が最も重要なカラーとして出て来るのだが、何を象徴する色なのかまではわからなかった。)
”つけ” ているパン屋からパンをタダでもらえたり不法入国の難民をかくまったかどで捜査される警察から友達としてアドバイスを受けるような「マルクス」のまわりは
憎しみのない平和に満ちた世界であろう。
にもかかわらず過去に戦争が起きてしまったというのは実は憎しみ合うよりもっと不条理で残酷だとも思える。
(そこは観終わっても消化しきれなかった。あるいは、観るポイントがズレているだけなのかもしれない。)
それでも、たとえ不条理で残酷な対立を経験したとしても憎しみのない世界に生きることが出来るというのはやはり素晴らしいことであり、
それが不可解さや違和感なくスッと入って来るところに、とても感動した。
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