2011年12月31日土曜日

『マザーズ』

先日、思考や価値観を揺さぶるような圧倒的なものについて、という話をたまたましていた。


例えば美術館へ行きすぐさま「あっ、この絵自分の好み。」と言えてしまえる間は、心の奥底で求めているものには出会えていないのかもしれない。
たとえそれが嫌悪や拒絶を含んでいたとしても、即座には言葉に出来ずその場を去ってなお身体の奥に深く重く入り込んだ
得も知れぬ抽象的な存在。
根源的に求めているものとは実はこういうものなのであって、それゆえなかなか得難いものなのではないだろうか、と。


金原ひとみ『マザーズ』にはそんな「得難い」「圧倒的なもの」に遭遇した凄さがあった。

前半100ページ弱を読んだ段階で"母親であることと女であることにさいなまれる姿は同時に人生における自由とは何かを問う"
などと主題を性別分け隔てなく安直に一般化しようとしていた自分を、読後大いに恥じる。


もしこの本を読んでいなければ結婚し子供が生まれたとしてもここに描かれているような女性の葛藤を知らずして男性は死んでゆくのかもしれない
と思うと恐ろしくなりつつ、子を持つ母性と育児に制約を受ける恋愛や性は代償や単純な対立関係として成り立つものではないという
女性が抱く愛憎の深さが男性である自分にも一定の距離を置きつつ知らしめる強烈さに痺れた。


人目につく場所で読んでしまい涙を隠すのに苦労を強いられたが、
それが号泣や嗚咽に至らずに済んだのは自分が男性であることの得した点であり、また、大きな損をしている点であったように思う。