2010年1月20日水曜日

「Gran Torino」

冷戦以降アメリカが抱えてきた栄光にひそむ影を

クリント・イーストウッド自ら演ずる朝鮮戦争帰還兵の老後を通じ"懺悔"する姿が

深い感動を呼ぶ



朝鮮戦争で勲章を授かり 

アメリカの象徴フォード名車中の名車"グラン・トリノ"を愛車に持つコワルフスキー(イーストウッド)

だが名車"グラン・トリノ"はシャッターを下ろしたガレージの暗がりにしまわれたまま

アメリカの栄華を誇示するかのごときそのエンジン音を高らかに鳴らすことはない

朝鮮戦争における殺戮が彼の人生に大きな影を落とし

アメリカの栄華は彼の心の中で愛車とともに暗く閉ざされてしまったからだ



戦争の記憶は家族との間に軋轢を生じ

理解者である妻に先立たれると

家族は日本製ハイブリッド・カーの車中で彼を偏屈がり罵る



コワルフスキーの影が大きな孤独に覆い被せられる中

隣にアジア系民族の一家が引越して来る

ベトナム戦争においてアメリカに協力したことでその後不遇な運命をたどり続けるモン族の一家だ



コワルフスキーは自らの戦争の記憶による苦悩を増幅させるベトナム戦争という

アメリカが抱える大きな影の輪郭を浮かび上がらせるモン族を毛嫌うように避けて回るが

影の輪郭を形取るモン族の中に次第に自らの影を受容する術を見出し "懺悔"に至る

(「グラン・トリノ」はベトナム戦争という共通点においてコッポラ「地獄の黙示録」と関連性があるが

 それについてはこちらでわかりやすい解説を聴くことが出来る)




アメリカの影をコワルフスキーというひとりの老人に投影させたとも

また アメリカ人が個々に抱える心の闇を冷戦以降のアメリカ史に重ね合わせたとも

そのどちらとも言えると思う


(コワルフスキーという主人公の名はおそらく

primal screamが"Kowalski"という曲の収録されたアルバムタイトルで

タランティーノが「Death proof」

ともにオマージュを捧げているアメリカン・カー・チェイス・ムーヴィーの金字塔

「vanishing point」 主人公の名から拝借していると思われる)




アメリカ映画史として見ると

西部劇俳優イーストウッドがその集大成ともいうべき熱演を

現代劇において(しかもこのような結末を迎える映画で)魅せている点も見逃せない




上記のように壮大なプロットで構成されつつも

あたかもコワルフスキーが心の闇を内に秘めたかのごとく

本編でそれらが直接語られることはない

だがイーストウッドがこの映画に込めたアメリカの"懺悔"は

まるで映画公開に合わせたかのように 時を同じくして起こったモン族の強制送還に代表されるように

極めて現代的かつ切実な祈りと言えよう