2009年5月28日木曜日

日本でアート・マネジメントがうまくいかない理由

文化庁が助成する勉強会に参加しています

テーマは"地域におけるアート・マネジメント"

アートの創造性が地域社会の活性化に果たして役に立っているのか?
あるいは 役立つためにはどうしたらよいか?
といった議題を 毎回ゲスト講師を招き議論しています

面白いことに 立場が変わると見解が全く違うのです

神戸市が顕著な例で
神戸市はユネスコの創造都市ネットワークに"デザイン都市"として認定
されたのですが
盛り上がっているのは行政とそれに懇意な文化人と財界人だけで
(ユネスコへの申請を提案したのは神戸市に本社を置く某外食産業の企業だとか!)
現場でアートを実践したりコーディネートしたりしている人たちからは
少なからず冷やかな目で見られているとのこと

冷やかな理由は民間のとある現場からの声曰く
神戸市は代々助役→市長という暗黙のキャリアパスがあり
それを各界有力者がバックアップするという保守的な構造の副産物として
保守的な基盤を文化の側面で支える保守的な文化人の方々が
神戸のアート界で少なからぬ発言力を有しており
上記理由において息苦しい閉塞感があるとのこと
殊更コンテンポラリー・アートにとっては不遇な街なのだとか
(ただ 最近大阪から拠点を移したばかりとはいえ優れた例外は存在します)

方や行政はJ.ジェイコブズ→C.ランドリー→R.フロリダと一連の創造都市論の系譜を
なぞらえる学者とユネスコの錦の御旗の下 
"デザイン都市宣言"と鼻息荒いわけです

折角行政から予算が重点配分されうる環境にあるわけですから
もっと仲良くやればいいのに…と端から見て思ってしまいますが
仲良くできない 仲良くしたくない 民間サイドの気持ちもわかります

前衛的なコンテンポラリー・アートほど公的支援を得られにくい現状は
神戸市のみならず日本全体に言える傾向です
もともと需要が少ない分野ゆえ
数値的な経済波及効果のみを判断材料にすると厳しいのみならず
非数値的なメリットを一般市民から理解を得ることも困難です

だからこそ国なり行政なり(あるいは財団)がしっかりと
公的支援しなければならないのですが
(こんな議論はアメリカで50年以上も前からとっくになされています)
国はマンガやアニメを核とした文化産業・コンテンツ産業の振興に躍起となり
(本来"金は出しても口は出さない"のが文化政策の鉄則ですから
そもそも特定の分野に特化した公的支援は長期的に観れば必ず失敗します)
文化産業>伝統芸能>コンテンポラリー・アートという
予算配分上の優先順位は揺るぎないですから
現状は逆風に近いと言えるでしょう

そうなると結局アートマネージャーのなすべき一番の役割は
ファンド・レイジング(アーティストが活動するための資金集め)であるという
極めてリアルな夢が無い結論に至るわけです

たしかに夢は無いですが 
避けては通れぬ道なのでしょう

そして資金を集めるためには 
活動内容に理解や関心を得る必要があり・・・と
ここから先は教科書通りの話になってしまうわけで
日本におけるアート・マネジメントはまだまだくちばしが青く
特に地域社会との関わりという切り口でとらえた場合には
先は長そうです